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笑ったり、泣いたり。

感情(快苦)には行動が結びついてる。

楽しかったら遊び続けるし、怖くなったら逃げるし、怒ったら声を荒げてわんわんわん。

 

快苦のそれぞれにあらかじめ設定されてる行動が「笑う」と「泣く」なんだと思う。それは誰かに世話してもらわないと生きられない、赤ん坊の頃のなごりだ。

「笑う」ことで「(この善い状況を)続けてくれ」とだけ伝える。すると、世話人には「この対処で合ってるんだな」とわかる。

「泣く」ことで「(この悪い状況を)変えてくれ」とだけ伝える。すると、世話人には「この対処ではダメなんだな、何か問題が起きたんだな」とわかる。

他の動物なら、遊ぶのも、母親を追いかけるのも、おっぱいをせがむのも、自分でできる。それらの行動をまとめてふたつに絞って、生まれたときから感覚を伝えることで生きていこうとするのは人間っぽい。

 

成長すると、選べる行動もそれに結びついた感情も増える。”行動が”増えることで”感情も”増えるんだと思う。「泣く」だけだったのを「逃げる」「戦う」「威嚇する」のように。まぁ、人間は理性によって行動を起こすこともあるけど。

強くなるごとに手札も増えていって、言うことを聞かせるために「札束でビンタする」こともいつかあるかもしれない。

 

でも、そうなると感情や快楽はただの引き金だってことだ。手段であって、目的じゃない。麻薬や娯楽が嫌われてるのもこのあたりに原因がありそうだ。

本当の幸せはどこにあるんだろう。